阿佐智の「アサスポ・ワールド・ベースボール」

日本球界初のイタリア人選手・アレックス・マエストリ(香川オリーブガイナーズ)

 すでに記事にしたように、今年の独立リーグには多くの外国人選手が参加している。野球がグローバルスポーツに成長しているひとつの証しなのだろうが、フランス人選手2名を入団させた群馬ダイヤモンドペガサスの所属するBCリーグが、各球団が個々の意図と戦略に基づいて外国人選手の獲得を積極化させたさせたのに対して、四国九州アイランドリーグ・プラス(IL)は、リーグ全体の戦略に基づいての外国人選手獲得を今年から行っている。 その戦略に基づいて香川オリーブガイナーズに入団したアレックス・マエストリもそういう選手のひとりだ。モデルと見まがうような甘いマスクと、ファンサービス旺盛なその態度で彼は、今ではすっかりチームの顔になっている。 gr009041-328790.jpg 「特に試合を観にくる少年野球チームのママたちからの人気が絶大なんです。」 女性スキャンダルを心配するフロントスタッフのこの台詞を伝えると、彼は、「問題ないよ」と一笑に付していたが、この日の試合後も彼と一言話そうと「出待ち」をする若い女性の姿がスタンドにあった。 カルチョの国、イタリアで生まれた彼は、6歳になると、なぜかサッカーではなく、この国では未知のスポーツと言って良い野球を始めることになった。 「兄がやっていたのがきっかけなんだよ。ルールが難しかったけどね。学校に町のチームが教えに来てくれたんだ。」 彼が育った町には、この国のトップリーグ、セリエA1のチームがあったことが彼を野球にいざなった。そして、そのリミニの町から少し内陸に入った独立共和国のチーム、サンマリノ・タイタンズで彼は本格的な野球キャリアをスタートさせた。2004年、19歳のシーズンをこのクラブのユースチームでプレーした彼は、翌2005年、トップチームに昇格し、人生で初めて野球での給与、月300ユーロを受け取った。 ここでの活躍が認められて、翌年春には、第一回WBCのイタリアチームのメンバーに選ばれた。 「たった2つしかアウトを取れず、ホームランも打たれたけどね。テレビやベースボールカードでおなじみの顔が、並んでいたので、すごく興奮したよ。結果はともかく、楽しんだよ。野球をプレーしていると言うより、ビデオゲームをしているようだったよ。」 彼が登板したのは、強豪ドミニカ戦だった。3分の2イニングで自責点1という決して芳しくない結果だったが、優勝候補相手に堂々と挑んだ彼のピッチングスタイルと、150キロを越える速球を、MLBのスカウトは見逃さなかった。 大会後、彼はシカゴ・カブスと契約を結び、A級のボイズでアメリカでのプロキャリアをスタートさせた。 その後彼は、順調にマイナーの階段を駆け上っていく一方、母国イタリアの代表チームの主戦投手としても活躍した。もちろん2009年の第二回WBCのメンバーにも名を連ねている。  2008年には、23歳でテネシーに昇格し、生粋のイタリア人としてAA級のマウンドに立った。しかし、メジャーリーグの壁は厚く、「イタリア人初のメジャーリーガー」の称号は、結局、シアトル・マリナーズの3塁手、アレックス・リディに譲ることになった。リディが初めてMLBの舞台に立った時、マエストリはネブラスカの田舎町、リンカーンのスタジアムにいた。彼はマイナーリーグで24勝17敗19セーブの記録を残したものの、2011年シーズン直前にカブスからリリースされ、独立リーグのアメリカン・アソシエーションでプレーすることになったのだ。 母国イタリアでは、すでに2010年シーズンからプロリーグが活動を始めていたが、彼はイタリアへは帰ろうと思わなかったという。 リンカーンで先発投手として8勝を挙げたマエストリは、自らのポテンシャルをさらに磨くため、冬季リーグのオーストラリアプロ野球(ABL)に参加することにした。彼は、ABL初のイタリア人選手として、ブリスベン・バンディッツの先発のマウンドに立つことになったのだ。 マエストリ(ABL時代) (ブリスベン時代, ©SMP Images) 冬季リーグの現実は厳しい。オーストラリアまでの移動費は自腹、週300$という待遇で、滞在費を考えると「働き」に出るとは言えるものではなかった。 「まだ、ましな方さ。僕はフリーエージェント(契約解除。独立リーグの選手は、契約期間が終わって、次年度の契約を結ぶまでは、基本的に「クビ」になった状態と同じである) だったから、多少なりともギャラも出たけど、(MLB傘下の) マイナーリーガーは、ギャラなしだっただったからね。僕は将来に向けての一種の「投資」だと思って割り切ったよ。」 その投資は、大きな見返りとなりそうになっている。 ここで、4勝4敗防御率3.25というまずまずの成績を残したあと、2012年シーズンのプレー先として日本を選んだ。彼のポテンシャル見抜いたABL関係者が日本行を勧めたのだ。 「IBLからも、アメリカの独立リーグからもオファーはあったんだけどね。」マエストリは言う。「でも、新しい経験がしたかったんだ。ギャラも似たようなものだったし。」 日本の独立リーグの名門チーム、香川オリーブガイナーズでの彼の役割は、試合を締めくくるクローザーである。ABLではシーズン終盤に一度だけこの役割をつとめ、1セーブを挙げただけだったが、ナショナルチームではリリーフが彼の仕事だったし、2007年にはアメリカでフルシーズンこの役目をつとめ、12セーブを挙げているので気にはならなかった。 実際、彼の速球と大きく曲がるスライダーは、日本の独立リーガーが、なかなか攻略できるものではなかった。 マエストリと同じく日本の独立リーグでプレーしている、彼のオーストラリアでのチームメイト、スティーブン・チャンバスは、オーストラリアでは経験したことのない日本の細かい野球に苦労しているという。とりわけ、ランナーを背負った時の、味方野手からの牽制の催促が自分のピッチングのペースを乱すのだとこぼしていた。 しかし、チャンバスにはない豊富な経験を持つベテランは、オーストラリアと日本の野球の違いを認めながらも、「ランナーを背負って投げるのか僕の仕事だから。」と意に介さない。母国を離れプレーしている彼にとって、プレー先の野球にアジャストすることは、ある意味当然のことなのである。 現在のところ、マエストリのピッチングは、アジャストの域を超えて、日本の独立リーグのレベル向上に一役買っている。25試合に投げて2勝敗けなし10セーブの成績は、クローザーとして十分なものと言って良く、週末にしか試合のないこのリーグにあっては、39回の投球回数は、彼の防御率の数字を先発投手と同じ統計表に載せている。6月17日の試合で最終回をパーフェクトに抑えた後、その数字は1.56にまで下がり、3位から1位をうかがう位置に来ている。 maesutori この結果に、彼の自信は登板を重ねるごとに大きくなっている。6月12日のオリックス・バファローズの二軍との対戦では、スカウトの要望もあって、先発のマウンドに立ったが、敗戦投手となった結果とはうらはらに、実際にNPBの選手と対戦してみて、マエストリ自身、日本のトッププロリーグでプレーすることに自信を深めたと言う。 「それくらいの自信を持っていいと思いますよ。」 ガイナーズのピッチングコーチでNPBでのプレー経験をもつ伊藤秀範は、マエストリをNPBに送り出すことに十分な自信をもっている。 現状では、NPB球団との契約を勝ち取るレベルにまでもう少しというところである。やはりファームレベルでは契約は難しい。一軍の戦力になる力をここアイランドリーグで蓄えるのが彼の今年の課題である。 そのことは、彼自身が一番知っている。 10対2という点差が大きく開いた場面での6月17日のマウンドは、チームの前期シーズン優勝に備えた調整登板という性格が強かったが、このマウンドでマエストリは、あることを試してみた。彼の持ち味でもあった大きく曲がるスライダーを、小さいながらもキレのよいものに変えたのだ。ボールゾーンからボールゾーンへホームプレート上を横切るスライダーは、NPBのトップレベルでは見逃されてしまうからだ。母国イタリアを離れ、アメリカ、オーストラリアと行先の野球に自分をアジャストしてきた彼は、ここ日本でも「サムライ野球」に自分をフィットさせている。 その順応性は、日常生活でもいかんなく発揮されている。異国での生活での一番の心配事は食事にあるのだが、彼は、イタリアンが恋しいことはないと言う。 香川では、なかなかピザを見つけつけられないことも、おいしいワインにありつけないことも苦にならない。今では、練習後は、同僚と香川のソウルフードであるうどんを食べにいき、箸を器用に使って麺をすすっている。 言葉の壁も気にはならない。そもそも初めてアメリカに渡ったときも、ほとんど英語を話せなったのだから。 「休日は、パソコンで映画を見たり、日本語を勉強したりしているよ。」 かつてはMLBが目指すゴールだったというが、今ではそのゴールも日本のNPBに変わっている。この夢が実現すれば、彼は、「イタリア人初のAA級選手」、「イタリア人初の日本独立リーガー」に続き、「イタリア人初のNPB選手」の称号を手にすることになる。 彼へのインタビューの中で、 「旅」 という言葉が頻繁に出てきた。今彼は「旅」の途中にいるらしい。その旅がいつ終わるのかも自分にはわからないし、だからこそ、自分にとって一番大事なのは「今」なのだと彼は言う。 彼はプロ野球選手になる際に、生物学を専攻していた大学を中退している。野球でのキャリアを終えたあと、学問を修めることは考えないのか問うと、 「それも選択肢の一つだけど、将来のことは、わからないな。僕にとっては今が一番大事なんだ。」 おそらく彼は生来の「ジャーニーマン」 なのだろう。昨年のオフはイタリアには1か月しか帰れなかったと言う。ABLに参加したためなのだが、彼はこれを苦にすることなく、屈託なく笑う。 「今年もできれば参加したいね。別にオーストラリアにはこだわらないよ。ドミニカだって、メキシコだって喜んで行くよ。」 代表チームからは、9月に行われるヨーロッパの国別野球大会、欧州選手権への出場を要請されているが、これは、ガイナーズのシーズンが残っているので、参加できないようだ。そのかわり、彼にとってのビッグゲームが同じ月にあるかもしれない。イタリアプロ野球、IBLの名門、フォルティテュード・ボローニャが、来日を計画しているのだ。独立リーグとの対戦も予定され、その時にはもちろんマエストリは日本の独立リーグの投手として、母国の名門チーム相手に、歴史的登板を果たすことになる。 「そうなれば、うれしいね。」マエストリは、目を輝かせる。 まだ、スポンサー探しなどクリアせねばならない課題が残っているが、現在実現に向けての努力が続けられているという。GG佐藤の入団など、最近がぜん注目を集めているイタリア野球。実現すれば、マエストリだけでなく、日本の野球ファンにとってもヨーロッパ野球を目にする貴重な機会になるにちがいない。 alex m

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  • posted by gr009041
  • 2012/06/18 07:35

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