かぼすシュートの蹴球アラカルト

大分トリニータ J3降格の原因を考える(その3)

過ぎたことであるが、歴史上のキーポイントになった2009年末・・・もう一度2009年末を検証してみる。 これは、他クラブにも知って欲しいし、関係者に事実を知って欲しいのである。 詳細は、木村元彦著「天国と地獄」に語られています。 そう・・・あの人・・やはり溝畑宏に触れずして、このクラブは語れないのである。

2009年、多くの負債を残して前溝畑社長が辞めた時、次期社長を模索した。 しかし、これだけの負債を残して、一般の民間人では受け手はいなかった。 県が引き受けざるを得なかった・・・という選択肢以外にもやり方が何点かあったのである。

前社長に責任を取らせて、彼の営業力を活用し、役員に残して早期に負債を返還させた後で、辞任させる。 負債はJリーグから借りた6億を含めて11億~12億とも言われているが、実際は彼が社長になった2006年時に、すでに5億の負債があったのである。 ペイントハウスの経営が傾き始めて、5億の埋めることができず。2006年溝畑が社長になり引きついだのである。

「たら、れば」にもなるが、2009年に移籍金制度が大きく変わり、契約満了すれば移籍金がゼロになってしまった。この制度変更は、若くて有能な選手をそろえる大分トリニータにとって、本当に痛かった。

2008年ナブスコ優勝シーズン修了後に、オファーがあった選手が2名ほど移籍させておけば、この時点で5億の負債は、一気に借金ゼロになる機会でもあった。 2008年末までの3年間は、収支はトントンで推移しており、選手2名を移籍させれば全てがゼロになっての出発ができたのである。 ナビスコ優勝後、そのタイミングを逃してしまった・・・というか、選手がこのチームに残ってAFCを狙いたいと、断られてしまったのである。 この辺が、経営上のひとつの大きな判断点であり、Jクラブを経営して経験が足りなかったのであろう。流れに任せて、流れてしまった失政でもある。「義理と人情」を哲学とする彼にとって・・・苦渋の決断ができなかったのである。

3ページ中1ページ目を表示

  • posted by kabosu
  • 2015/12/09 05:42

記事ジャンル:

タグ:

アプリ

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック
Line

コメントを投稿

コメント(0)
よく読まれている記事
トラックバック